「正しい」証明とは何か

最近「正しい」証明とは何か,というのを考えてしまっています. これは数学基礎論とかで研究されている分野なのだろうか. 例えば,本を読んでいて,こうこうこうだからこうなる. なんて簡単に書かれていますが,本当にそうなの?って思っちゃうんです. どういう根拠でそうなの?って思っちゃうんですよね. どうしようもないですね笑.

まだいろいろ調べている段階ですが,普通の本なんかでは公理系っていうのを暗に仮定している気がします. 公理系の中には,公理があって導出規則なんかもあって,どっちかというと論理学に近いのでしょうか. 例えば,pならばqっていう形の定理を証明している本では,もちろんpを仮定してqが出て来たらpならばqを導出して良いという演繹という導出規則を仮定しているでしょう. で,そんなことを書いているスペースはないから察してくれよ,と. まぁそうですよね.だってその本は数学基礎論の本ではないし,論理学の本でもないし,そんな当たり前のところに割くページなんかないですよね. というわけでいつまでたってもぼんや〜り雲に覆われたような数学観が養われてきた僕です. しかしですね.これに立ち入るのはかなり勇気いると思うんですよね. 少し考えただけでノイローゼになりそうです.笑 なので,どういう公理系があってどういう導出規則があるのか,そういうところだけ拾って来て, 「ああ,この本のここではこういう規則を使っているんだな」,というのを意識しながら本を読むことにしようかなと思っています. 実際何の抵抗もなく受け入れられる導出規則なんかは,本の中で文章として使われていても,多分読んでて違和感を感じないんですよね. ん?って思うのはだいたい「任意の」とか「存在する」とか背理法とか. この辺は「全称例化」「全称汎化」「存在例化」「存在汎化」を抑えれば良いと思うんですよね. で,証明を読むときには,そこに書いてある事実が,何を「仮定」して成り立っているのかを見極めるようにする. 言い換えればどんな仮定の上にその事実は成り立っているのか,を見極めながら読む. 数学のできる人って,これらを全て頭の中でやっているんだろうけど,僕は多分できないので,どんな仮定の上に成り立っているのか,きちんと書こうと思います. そうして全てを追えれば,最初に書いた疑問なんかは浮かんでこないんだろうと思います.

\epsilon - \delta論法なんかそのいい例ですよね. そんなわけでここに飛び込んだんですよね. そうするとまたいろんなことが気になって来て,最終的に解析学を復習しよう,なんてことになってきました. なんですかね. 機械学習とか勉強してても,フワフワしてる感じがすごいんですよね. フワフワしてると不安じゃないですか. だからここらで時間かけて復習しようと思ったんですね. そんなわけでそういうポストも増えるかもしれない,いやそういうポストもするぞ!という意思表示のポストですこれは笑.

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